八重山みんさーの特徴



「八重山ミンサー」は素材が木綿、組織が平織り、生産地が石垣市と竹富町とする織物です。最大の特徴は、五つと四つの絣に「いつ(五つ)の世(四つ)までも、末永く・・・。」という想いが込められていることです。

元々は、藍一色の「ミンサーフ(ウ)」という帯であり、これを愛する男性に贈ったものでした。近年まで竹富島にこの帯としてあったものが今日の「八重山ミンサー」の原型であります。

17〜18世紀頃の琉球王朝時代に綿の栽培や交易記録があり、木綿発症の地といわれるインダスから伝来したと推定され詳細は解っていません。

主な製品は、帯製品と加工品に大別でき、公賓はファッション類、インテリア類等多種生産され、現代の生活に根ざした幅広い製品づくりが行われおります。

八重山みんさーの語源



みんさーは綿糸を藍で染めて織った細帯で、五つ()の絣柄と四つ()の絣柄を特徴としています。

呼称の統一

語源については「綿狭」という説と、「綿紗」という説があり、いまだ不明です。

八重山の歴史家であった今は亡き宮良泰平さんの著書”八重山方言の素性” (S50.10.1発行)にミンサーの解説がされています。そこには、
『ミンサー(名)、真田帯のような幅のせまい木綿布、多くは帯(ミンサーウビィ)にする。(めんさおり=綿狭織)の下略ではないだろうか。さおり=狭織(名)【さは狭(さ)、しという形容詞の語根】幅狭く織られる倭文布(しづはた)にて、即ち、帯に用いる料のものなるべしと云ふ。万葉集「古の狭織(さおり)の帯を結び垂れ、誰しの人も君には益さじ」云々』
−大言海とあります。

近年、当工芸館では新たな語源の可能性があることを表現しています。それは「綿紗」で更紗の紗であり、中国の辞典によると右記のとおりです。

即ち、綿花糸で織ったものは「棉紗」、麻で織れば「麻紗」となります。
※但し、現在「棉紗」というと、綿のハンカチ他等を示しているようです。



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